歯科矯正のリテーナー、知っていますか。
歯科矯正を終えた後、せっかく整えた歯列は、放っておくと元に戻ろうとします。これを防ぐための保定装置が、リテーナーです。だいたい犬歯と犬歯の間くらいの大きさで、結構小さい。一つ1万円くらいします。
これ、失くします。
私、今日も失くしました。4回目。
さらに、再作成を頼むたび、歯科医さんからお小言を言われます。作るの大変そうなので当たり前ですけど。というのは八割がたただのエクスキューズで、そんなこと言わないでよ、と思ってます。私は小さな人間です。
そんなこんなで、失くすたびに絶望します。今日の絶望はひとしおです。
この程度で絶望する自分が馬鹿らしいのではないかと思いもします。でも絶望します。
私は忘れ物が多いです。何かと失くします。きっとADHDなのだと思っています。
少し前に診察に行きました。けれど、二度目は行きませんでした。
診断受けたり、薬を飲んだりしなくても大丈夫だと思っているからです。
草間彌生さんは、統合失調症だかなんだかの精神病の診断を下されていると聞きます。
そして、彼女自身の内的世界を守るために、治療を拒否していると聞きます。
私も恐らく、そんな感じです。なんだか自分の内的世界-ADHD的な、思考のとっちらかりにプライドだか愛着だかを持っていて、どうも手放したくないらしい。凡人がこれをやっているのですから始末に負えません。
死にたいな、と思う日が最近多いです。最近でもないですね、結構ずっとやってる気がします。
ともあれ、今日の「死にたさ」のきっかけはこれでした。
なんでこんなに辛いんだろう。生きづらいんだろう。よく考えます。
未来に希望が持てない。これもずっと言ってます。将来に何かがよくなると思えない。
なんて甘い考えなんだ。お前がどうにかするんだよ。そんな声も聞こえてきます。
いや、違うんです。何かしたところで何が良くなるんだい、と思うんです。
世界はただのシステムでしかありません。私はネガティブな運命論に囚われています。
仮に運命論-すなわち、私が何か もがいたところでどうしようもないのだという考え-を信じたとします。
でも、そこには一つ、重要な選択の余地が残されています。
「じゃあ気楽に生きて行けばいいや」と考えることと、「じゃあ何もする意味がないじゃないか」と考えることです。
私はどうしても後者のように捉えてしまいます。
環境要因でしょうか。遺伝要因でしょうか。いずれにせよそれは運命的に決定づけられたもので、操作しようがないのではないか。ならばこのネガティブな観念さえもどうしようもないのではないか。
どう考えてもネガティブになります。始末に負えません。
たぶんきっと、向こう10年くらいはこんな感じなのでしょう。
ここ数日、幼少期を思い出すことが増えてきました。
父から、「お前、そんなんじゃ社会でやっていけないぞ」と言われることが多かったです。
はい。その通りになっております。
言われる側としては、「自己成就的予言って、知ってますか」とか、「『ほら、言わんこっちゃない』って言いたいだけじゃないですか」とか色々文句を付けたくなります。しかし、今思えば彼も彼で不安症なので、どうしても言いたくなってしまうんでしょう。
「なんでこいつはこんななんだ!あ、もしかして現状が問題だと思ってないんじゃないか!?まさかとは思うが……そのまさかかもしれないし……教えてやらないと!」って思ってたに違いないです。だとしたら、気持ち、すごく分かります。
ところで、うちは父も母もASD傾向にあります。私の主観です。自分の頭の中で色々が自己完結していて、相手の話を聞く、という姿勢があまりありません。相手の話に対する反応は、「ほら、言わんこっちゃない」か、「そんな訳がないだろう」の二択です。人間って皆そんなもんなのでしょうか。部分的にそうで、部分的にそうでない、というのがきっと答えなのでしょう。
ついでに私もASD傾向にある気がしてなりません。
物を失くしたりとかでいちいち絶望しちゃうのって、ASDの症状なんでしょうか。
どうでもいいことばかりが気になります。ASDだとしてなんなんでしょうか。